坐禅の仕方⑭ 〜身体と心〜BLOG


本日は坐禅中の身体と心について説明を致します。


身心一如

坐禅を表す言葉として身心一如(しんじんいちにょ)という言葉があります。これは、身体と心が一体であるということです。心と身体を表す言葉の「しんしん」は一般的に「心」を先に書くことが多いですが、仏教の場合は「身」、いわゆる「身体」が先に来ます。なぜでしょう。
スポーツや音楽の発表会、初めての人と喋る時など、場面によって個人差はあると思いますが、生きてる中で緊張する場面に出会ったことは少なからずあると思います。その緊張している時に、「おさまってくれ」と心だけでどうにか治めようとしても、うまく治めることは出来ません。心を心でコントロールするのは至難の技です。そんな時に、深呼吸をしたり、姿勢を正したり、力を抜いてみたりして、身体を使ってなんとか緊張を解こうとします。身を正していく、それにより心を正していく。改めて、身心一如そのものが坐禅であるとご理解ください。


調身・調息・調心

では、どのようにして、心の器である身体を調えていくのか。

坐禅で大切な事は、

調身(ちょうしん)

調息(ちょうそく)

調心(ちょうしん)

と言われます。

まずは「調身」です。作法に乗っ取り、背筋を伸ばして坐り、身を調えます。

 

しかし、身を調えても頭の中に浮かんでくる事にとらわれてしまえば、心は調えられません。よく、無になるや何も考えないなどと言われがちですが、起こりやすい誤りとして「何も考えないようにしよう」ということに一生懸命になっているあまり、気付いたら坐禅が終わってしまっているということがあります。それは「何も考えないようにしよう」ということに囚われてしまい、心が調ったこときなりません。
では、その場合、どのようにするのかというと、「調息」つまり息を整え、その息だけに集中するのです。丹田息と言い、丹田という、ヘソ下3寸(およそ9センチメートル)の場所で呼吸をするのです。ヨガや心治療などにも使われる呼吸法で、丹田呼吸法とも呼ばれております。坐禅での呼吸はこの丹田に意識を置きます。吸う時は、ここが充実し、吐くときは凹んでいく。丹田で呼吸が出来ると、次第に身体が暖かくなっていきます。その体温と、3分止めてしまったら死んでしまう呼吸を感じることで、普段、気付かない、生きているということに気付きながら坐禅をするのです。これが、「調息」、息を調えるということです。
そして、この丹田息をするためには背筋が伸びてなければ出来ません。だからこそ、元に戻りますが身体を調えなければいけないわけです。
調身・調息・調心。身体を調え、息を調える事により、心を調えていく。

坐禅で大切な事ですので覚えてみて下さい。

 


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